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午後の紅茶と陰謀論(50)革命家きどり

  • 2012/01/29(日) 12:13:45

●妻夫木聡と松山ケンイチが共演した映画『マイ・バック・ページ』をみた。

この手の題材(70年前後の革命騒動モノ)は、一晩かけても語りつくせない人も多いだろうが、一言でいえば、やはり革命は胡散臭い・・・という感想だ。


かって「銭ゲバ」で我が家の子供たちを熱狂させた松山だが、奥さんにいたっては「サスケ」で劇場挨拶があるので、ナマケンイチを見たさに、子供を残して出かけたくらい魅力があったらしい。


「松山ケンイチのキモカッコよさは、あのヌメリ感というか、得体のしれない非人ぽいところです・・・」

奥さんにこういう問題発言をさせるだけあって(彼女のアンチリベラルぶりは、雅子皇室批判、中国朝鮮人差別発言…など正直、教育上問題ありすぎw)松山の妄想革命家ぶりは、演技を超えて、あの時代の「怒れる若者」イメージに大いに誤解を与えるだけの怪しい魅力に満ちていた。


ストーリーは、検索してもらうとして、原作者の当時、朝日記者の川本三郎が陥っていく罠、朝日ジャーナルや朝日新聞社内の組織力学の生々しさ、革命情況のなかで「自ら歴史を作り出そうとする虚勢」の危険性とむなしさが、よく描けていたと思う。


●個人的には10代の頃感化されたパルチザン論の京大全共闘の滝田修が、こうした事件に巻き込まれる形で地下潜伏していたと初めて知った。

当時はまだ小学生だった僕自身は、その後の79年に、市民管理下にあった東大自主講座で、全共闘ができなかった「大学解体」という実践を経験したし、96年以降のSOHO運動で、滝田や80年代に登場した後輩筋の浅田彰、柄谷ら革命理論家の「世界市場からかい離した運動論の空虚さ」を指弾もできるのだが・・・・


次元は異なるが、911や311の陰謀論ジャーナルにおいても、この映画主題は無関係ではないだろう。当時の数倍、情況に距離をもつことで、安心領域から311以降を語るマスコミが、どれだけ危険なことか、自由報道協会の活動などを通じて世間も知りつつあるからだ。


しかし、片方で、ベンジャミンフルフォードやコシミズの言動が世間からどう思われているかを考えると、忸怩たる気持ちはなくならない。
 特に、当社からかって911本を刊行し、敵の牙城ワシントンポストから名指しで批判され、朝日から産経まで主要マスコミから、言論弾圧といってもよい波状攻撃を受けた藤田議員が、なぜか、いまやその敵の陣営の日銀担当の財務副大臣に就任している現実をどうとらえればいいのか・・・


一見呑気にみえる2012にいる僕は、政治的にはストレートに暴力的だった1971が、とても牧歌的な時代に映ってしまうのだ。

あの時代の朝日ジャーナルなら、911事件をどうとらえたか?

川本三郎自身が映画評論や永井荷風に沈殿していることが、その答えだとはいわせない。当時の反安保闘争は、神田や新宿駅を占拠した勢いで、米軍基地に突入をしていてもおかしくなかっただけに、その後の武装路線の失速、成田闘争での迷走は惜しまれる。



http://esdeen.at.webry.info/201106/article_3.html
●1971年に実際に発生した『朝霞自衛官殺害事件(赤衛軍事件)』をモデルにした映画で、妻夫木聡が演じる朝日ジャーナルの新人記者・沢田も、川本三郎という実在する記者がモデルになっていて、その川本氏が『マイ・バック・ページ』というノンフィクションに近い原作の小説を書いている。
(略)
全共闘運動の牙城となっていた東大安田講堂が機動隊の突撃により陥落した1969年からの数年を描いた作品だが、当時の学生生活や政治状況、若者のアイデンティティの葛藤、国際情勢、街並みの景観などが場面転換しながら表現されており、全共闘の学生運動の傍流で事件を起こした革命家の梅山(松山ケンイチ)とジャーナリストの沢田(妻夫木聡)との交流を中心にして事件は展開していく。




●TBS「報道特集」キャスターである金平茂紀の
「マイ・バック・ページ」の感傷力というタイトルのブログには共感できる
http://shinsho.shueisha.co.jp/column/culturedonburi/002/index.html

 川本三郎の関わったあの事件を映画化すると最初に聞いて、なぜ今なんだろうか、と多少いぶかる思いがしたのを記憶している。赤衛軍事件というのが1971年にあって、自衛隊の朝霞駐屯地で自衛官が新左翼のグループによって殺害された事件だ。現場には赤衛軍と書かれた赤ヘルメットとビラが残されていた。そのリーダーを自称していたのがKという男だった。Kについては逮捕後、誇大妄想に近い虚偽の供述を重ねたことから、京大パルチザンの滝田修こと竹本信弘氏が事件の「黒幕」=首謀者にでっち上げられ、その後の10年に及ぶ逃亡生活を余儀なくされたという経緯がある。Kの供述調書を読むと(その機会があった)、自己陶酔と自分を大物に見せたいという妄想に満ちたひどい代物だった。あることないこと何でもベラベラ喋っている。検事の誘導というだけでは説明がつかないような内容だ。長山検事という人物が取り調べにあたったのだが、彼自身の口から「何でもよく喋ったな」というのを僕は聞いたことがある。

 川本の自伝的エッセー『マイ・バック・ページ』は僕の好きな本の一冊で、すでに1989年の6月に読んでいた。今回、映画をみてから探してみたら自宅の本棚の片隅に埋もれていたが、どうもこの本は捨てられなかったらしい。Kとの出会いのシーンが、そう、実に映画的に書かれていた。川本のアパートの本箱にあった中村稔の『宮沢賢治論』を手にとって、自分も好きな本だと言ったこと、川本の部屋にあったギターをKが手にしてクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル(CCR)の『雨を見たかい』を弾き語りで歌ったこと、そして、映画『真夜中のカーボーイ』がよかったと言ったこと、これらのことから川本がKを信用してしまったというくだりがある。僕自身はこの当時、高校2年生だったが、このセンスが妙によくわかるのだ。いや、今となっては、それは単なる時代状況に対する感傷=センチメンタリズムなのかもしれない。だが、本当のところ、感傷こそが原動力になることがある。

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