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午後の紅茶と陰謀論(68)米軍依存症

  • 2012/05/05(土) 22:09:13

4月15日 日記再録

■維新、衆院選で民主と「全面対決に」…松井知事
(読売新聞 - 04月14日 21:33)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1986480&media_id=20

週末の出来事は、1日にしては象徴的すぎた。

北朝鮮衛星(ミサイル)実験失敗と認知報道。
日本政府の311スピード警報封鎖に続く、警報システム遅延措置。
一部原発再開の閣議決定。
人気新勢力、大阪維新の政権打倒宣言。


漫画のように単純化すれば、意思だけは明確な最貧国の専制政治と意思どころか、すべてが機能不全に陥る曖昧な富裕国の属領的劇場政治の差異が、この1日にくっきりと浮かび上がっている。


中沢新一と内田樹が「これからはアナキズムの時代だ」
という結論をだしたときいて、これだから、団塊は・・・・と冷笑する、その下の新人類世代も、もはや50代に突入している。

団塊ジュニアが40代になろうとしてるのだから、戦後長らく日本の言論界を覆っていた9条平和憲法に代表されるある種のパラダイス史観も、911や311を経て、やっと過去のものになりつつあるのだが・・・。



●内田は言う。
「政府は、米軍が日本から撤収して、「国防のことは日本が自前で立案して、自力で実行しろ」と投げ出されるのがいちばん恐ろしいんです。」

現在のリベラルな言論界を代表する内田樹や池田ノビーの次に来る思潮は、脱米軍であることに間違いはない。

話題の大阪維新が脱米軍とは、とても思えないが(笑)、まさか1970年代に全盛を誇ったマスコミ先導による当時の自民党左派、社会党、共産党らの「非武装中立」という信仰的思想の復権があるとも思えない。



ではなぜ、思想家や言論人は、シンプルに「武装独立」を語らないのか?
ヒロシマのくびき、トラウマ。
9条をもたらしてくれた米軍への依存症なのか・・・


いまや、家庭や近所を荒らしまわった二重人格の暴君は家を出ようとしている。
いつまで、われわれは引き籠り、巨体を揺らし、メソメソしているつもりなのだろう。



沖縄タイムス・ロングインタビュー 4月13日 内田樹
http://blog.tatsuru.com/

(前略)

■「神話」の崩壊
―日本には原発の「安全神話」と米軍の「抑止力神話」が長年、併存してきました。いずれも虚構であるという化けの皮が同時期にはがれつつあるように思うのですが、それは偶然あるいは必然だったのでしょうか。

内田 必然です。原子力政策も沖縄政策も、どちらも米国の国策が深くかかわっている。米国の西太平洋戦略の中に位置づけないと理解できません。中国、朝鮮半島、台湾、フィリピンそういった国や地域をどうやってコントロールしていくのかについては、米国の長期的な地政学的ヴィジョンがあり、原子力政策も、沖縄を含む在外米軍基地の軍事的意味もその中に位置づけられています。ですから、原子力政策についても基地問題に関しても、実は日本は決定権をもっているわけではありません。
原子力技術というのは、端的に言えば、「原爆をつくるテクノロジー」のことですから。これは米国の軍事的属国である日本が独力でどうこうできるものではない。原発はただの「リスクは高いが、コストは安い発電技術」ではないんです。実際に日本の政治家たちが、原子力政策を推進した理由の一つは「原爆を製造する潜在的能力を持つ国」であることが外交カードとして有用だと思ったからです。これがないと北朝鮮や韓国や中国に対して、外交的な「ブラフ」が効かないと公言する政治家は事故の後にさえいたんですから。

福島原発事故も沖縄の基地問題も、本質的には「米軍の世界戦略にかかわること」なんです。だから、その文脈の中に置くことでしか意味がわからない。でも、日本人は米国の軍略について情報も与えられていないし、もちろんその決定に関与することもできない。だから、それについて考えることが許されない。考えることが許されないというのは、言い換えると「考えなくてよい」ということです。考える権限もないし、考える必要もない。だって米国の軍略についての政策を起案する権利も実施する権利も日本にはないんですから。せいぜい控えめに要望を告げるだけで、それもあまり聞き入れられない。
先ほど、「必然的だ」と言ったのは、原子力エネルギー政策についても安全保障についても、これまで全部日本に代わって米国に考えてもらってきたわけですけれど、その当の米国の国力が衰微するという予測していなかった事態が起きたからです。

世界に冠絶するスーパーパワー、覇権国家としての国力が急速に衰微してきた。国際的な影響力を失った。世界を領導するようなヴィジョンを提示できるだけの政策構想力がなくなった。何よりも金がなくなった。

先日、米国は二正面戦略の放棄を公表しましたけれども、これはもうホワイトハウスのスタッフたちには、そういう複雑なゲームをコントロールするだけの数学的知性がなくなっているということを意味しているのだ思います。もう、ややこしいゲームはできない。たぶん国務省からも国防総省からも、「話をもっと簡単にしてくれ」という悲鳴が上がっているんです。それで今の米国の関心は「米国の国益をどう守るか」という一点に限定集約されつつある。

―日本が「属国」あるいは「対米従属」と言われて久しいですが、今回の在日米軍再編の見直しを見ていても、官僚や政治家は米国の都合に呼応しているだけで、「国益」を追及しているようには見えません。

内田 官僚も政治家も、米国の保護下にあるという与件からしか考えない。それ以外の現実がありうるということを考えない。
だから、米国に嫌われない国であることが、日本の安全保障にとって最も有効なことなんだと、骨の髄まで信じている。
TPP(環太平洋経済連携)でも、日本の国内産業にどれほど被害が出ても、それで米国が喜ぶなら、結果的には日本の国益を利することになるというロジックなんです。米国を怒らせたらおしまいだ、と。
これはもう政治家も官僚もジャーナリストも、日本のエリートたちがみじんも疑わないあらゆる思考の前提です。

 ―沖縄にいると、そうした思考にすごい違和感を覚えます。しかし、沖縄のメディアが「それはおかしい」と書くと日本の中で浮いてしまう。

内田 地方紙はエリートじゃないから、そうした「思考停止」を免れているんでしょうね。でも、中央では、「日米基軸」という信仰告白をすることが「エリート・クラブ」に入るための入会条件なんです。だから、彼らの前で、「日米基軸」に対して懐疑的なことを言うと、バカじゃないか、こいつって呆れた顔をされる。


―最近は日本政府を見限って米国政府に「直訴」にいく沖縄の国会議員、名護市長、市民団体が相次いでいます。「米側の都合」という力学が作用しないと、沖縄の負担軽減の実現は無理という意識が働いているように思います。

内田 それは沖縄の人たちまでが、中央の官僚や政治家のメンタリティーを内面化してしまったということかも知れません。結局「この問題については、決定権を持っているのは米国だ」ということを認めているわけですからね。米国が「うん」って言わなきゃ、話が前に進まないということに基地反対運動の人たちですら同意してしまっている。日本政府に交渉能力がないことを事実として受け入れてしまっている。その方がたしかに現実的ではあると思うんですよ。でも、日本は独立した主権国家じゃない、国防戦略について、主体的に起案することも実施することも許されていないという痛苦な事実から眼を逸らしてはいけないと思いますね。


―在米の日本メディアは大統領選で誰が勝つかといった「筋読み」や「政府の見解」を伝えるばかりで、独自の検証や提示が少ない、ということですね。

内田 もし在外米軍基地撤去を唱えるロン・ポールのような政治家にインタビューに行けば、「米軍が自国の国益を維持するために、沖縄の米軍基地を撤去する政策に転換するのは、どういう条件においてか」という問いの検証を余儀なくされます。しかし、日本の政治家も官僚も学者もメディアも、日本国内に米軍基地があることから「米国はどんなメリットを得ているのか、それは何となら相殺されるようなメリットなのか」という問いを一度もまじめに考えたことがなかった。米国が軍事について考えていることは、問うてはならないこと、問えないこと、そして「問わない方が日本にとって利益のあること」だと見なされていたからです。

―米政府に直接問うのではなく、「忖度する」というスタンスが日本政府の伝統ですね。それにメディアや専門家も引きずられている。

内田 これはフィリピンとか韓国とかグアムで、米軍基地が縮小撤収されたのは、どういう文脈において起きたことなのかを取材すればわかるはずのことです。米軍をソウルから追い出した韓国の反基地運動なんて日本のメディアは取材してきたはずなのに、ほとんど報道しなかった。少なくとも僕の注意を引かない程度の扱いだった。今われわれが直面している問題の理解を助けるために必須の重要な情報、それもすぐに調べのつく公開情報を出さないというのは、国民全員を思考停止に追い込むことに他ならないと思う。

2012年は「スーパーイヤー」ですから、米、中、露、仏の政治指導者が変わり、世界の国際地図が一気に塗り替えられる。EUだって崩れるかもしれないし、中国の政権交代のもたらす激動だって予測できない。そんなクリティカルな時期に思考停止していてどうやって生き延びてゆくつもりなんです。
沖縄の基地問題は日本全体の政策決定上の無能の象徴だと思います。今の日本のシステムのままだったら沖縄の基地問題は解決するわけないですよ。

―沖縄から見ると、米軍駐留に関しては中央政府やマスメディアが沖縄を飛び越えて米国と手を握っているような状況です。

内田 沖縄からはそれが見えると思います。そこでは、ねじれたままの現実が剥き出しになっているから。本土ではメディアが報道しないというかたちで沖縄の問題から眼を逸らすことができます。でも、現地には眼を逸らしようのない「基地という現実」が目の前にある。だから、沖縄ではしたくても、思考停止できない。

内田 鳩山さんの足を引っ張ったのは米国じゃなくて、防衛省と外務省の役人たちでしょう。国内的な事情だと思いますよ。今の日本の政治家や官僚の中に、中国、ロシア、韓国、台湾、北朝鮮と自力でネゴシエイトし、国益を最大化するゲームでいい勝率を収めるためには、どういう中期的な外交戦略が適切かを知るべく、各国のカウンターパートと連携を取って政策構想している人なんて、たぶん一人もいない。

そうなると、日本に残された国益を守る最も現実的な方法は「お願いだから日本から出て行かないでください」と米国にすがりつくことだけです。安全保障についてはこれからも引き続き日本にああしろこうしろと指示を出し続けてください、と。そう懇請するのがいちばん現実的だと官僚たちは思っている。だから、それ以外の選択肢を提示した鳩山さんに猛然と襲いかかったんじゃないですか。

―米国に意見を具申することすらも許さない風土が日本にはあります。

内田 沖縄に基地があることを切望しているのは日本政府自身である、と。そう考えなければ話のつじつまが合わないんです。米国がむりやり沖縄に駐留していて、日本はそれに困惑しているという「話」にしてあるけれど、ほんとうはそうじゃないと僕は思います。「米国が『要る』って言ってるんだから、要るんでしょう」で思考停止し、その先には決して踏み込まないのは、「どうして沖縄に基地が要るんですか?」と訊いたとたんに、日本が沖縄を人質に差し出して、米国に安全保障でぶら下がっている非主権国家であるということが露呈してしまうから。でも、日本は敗戦国であり、米国の軍事的属国であり、安全保障については自己決定権を持っていない。もちろん、そのことから利益を得てもいる。安全保障について考えずに済んで、経済のことだけ考えていればよかったというのは、実に巨大な利益ですよ。でも、主権を差し出すことで利益を得ていたという国民国家としての恥ずべきふるまいを認めることろからしかこの話は始まらない。それを覆い隠そうとするから、基地移転と基地誘致を同時に口にするという今の「人格解離」症状が発症するんです。

日本政府としては、米軍が日本から撤収して、「国防のことは日本が自前で立案して、自力で実行しろ」と投げ出されるのがいちばん恐ろしいんです。だから、「カネはいくらでも出します」と袖にすがりついて、米軍に何とか国内に駐留してもらおうと思っている。米国の国防総省や国務省の方は「基地問題でもめればもめるほど、日本政府からはカネが引き出せる」ということを知っている。一方、日本の防衛省や外務省は米国をいつまでも日本防衛のステイクホルダーにしておきたい。交渉の当事者双方が「話がつかないこと」の方が「話がついてしまうこと」よりも利益が大きいと思っているんですから、沖縄の基地問題が解決するはずがないです。(後略)

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