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死期と女の足首

  • 2012/10/20(土) 19:05:29

死期と女の足首
2012年08月23日23:25



最後に親父が入院していた、ある夏の病棟の大部屋

ナースセンター横で緊急対応可能な「監視してないと危ないから」
と、そこに集められたような寿命まじかの最後の部屋・・・。


自分でトイレにいける人は、まだ若者扱いで、夕刻に喘いでいた人が家族に看取られるひまもなく、翌朝ぽっくりいったりする場所・・・。


お見舞いに通ってるうちに、死相というものがどんなものか、それなりにわかるようになり、「人は、自分でおしっこだせなくなったら、おわりなのよねw」という、しみじみ漏らす年増の看護婦さんの話にも抵抗なく同意できるようになったころ、ここの部屋の住人が眺めている世界を感じるようになった。



死に方は、難しい。

努力しようにもテキストは少ないし、そんな部屋に入った後で、それを学ぶことはもう困難だからだ。


アスベストが原因の肺がんの親父が、少しでも生命に近いほうに身を寄せるための手伝いをした。


・人生はじめてのカンタン携帯の使い方を学ぶ

・病院食にはない、好物のうどんとか、調味料セット

・車いすで自動販売機まで缶コーヒーを買いに行く園内散歩

・退院したらいってみたい旅先リストのための世界トンデモ旅写真集w


そんなとき、看護帰郷していた実家で、老人のくせにパソコンのホルダに保存してあった、油絵モデルと称していた水着コレクションを見つけ、プリントアウトしてみた・・

元気づけるために半分ジョークでひそかに渡したら、
乾いた笑いで

「もう、いいわ。みる気もおきん。
 じゃけん、もうおわりじゃな・・www」





あの日も暑かった。

テレビから植木斎とクレージーキャッツのコント、ザ・ピーナッツのスイングした歌声が流れている。庭からは夕立あとの蝉の音。

昭和のある日、小学校に上がる前の僕の半ズボンからニョキとでた足を撫でながら、たぶんまだ30代の親父は、週刊誌のピンナップをみてニヤニヤつぶやいた。

「ミニはええな・・。
 女は顔よりも品のある足じゃろう、じゃけん、足首をみんといけん。」


足首?
なにをそんなにきっぱりいいきってるのか、子供の時分にわかるはずもないのだが、何気にそういう話をふってくる人だった。・・今ならわかるけども。(すけべかw)




親父がこどもの頃、曾祖父といっしょに、付近を流れる高梁川の雄大な土手を走る伯備線の蒸気機関車を、よく散歩がてらに見にいったそうだ。

「日本より先にあんな速いモノを作る米英に、日本が勝てるはずがない」

ゼロ戦の工場だった倉敷水島の三菱が空襲を受け、戦後そこで欧米車に負けない名車コルトやギャランの設計モックを作って、僕ら家族を育てていた親父。


結局、その三菱自動車のアスベストが災いして、潜伏40年後に死んでいくことなったのだが、曾祖父と手をつないで土手の線路を走る力強い機関車に見入る幼い親父のことを思うと、なぜか、涙があふれて仕方ない。(感傷かw)

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